TCFD提言と気候変動リスク:共催イベントを東京で開催

2018年9月26日
  • Asako Nagai portrait

    Asako Nagai

    Managing Director, Technology Sectors and Asia-Pacific, BSR

2018年7月26日、BSRは東京で、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures) との共催イベント 「TCFD提言と気候リスク」を、Bloomberg L.P.及び三菱商事の協賛、金融庁からの後援を得て開催しました。

TCFDとは、G20サミットにおけるFSB(金融安定理事会)からの提案により設置されたタスクフォースで、2017年最終報告書として、気候関連財務情報開示に関する提言を発行しました。この提言は、金融システムの気候関連リスクへの影響の可能性を鑑み、投資、貸付、保険に関する決定が十分な情報に基づいて行われること、および金融セクターが抱える炭素関連資産の割合、さらには金融システムの気候関連リスクへのエクスポージャーを分かりやすく示すことを促すものです。

イベントでは、金融庁及び経済産業省からのご講演の後、TCFD提言への理解の促進を目的としてTCFDメンバーである三菱商事の藤村武宏氏からTCFD提言の概要を紹介いただきました。続いて、投資家からの視点、TCFD提言に対応した欧米での動向、日本企業における取り組み事例を紹介、さらにBSRのシナリオ分析の専門家が、TCFD提言をきっかけとしたレジリエントな企業戦略の策定につなげるための気候変動シナリオ分析について紹介し、議論を行いました。イベントには、事業会社を中心に約300名の方々が参加、会員企業や各種団体の皆様からも活発なご意見をいただき、有意義な議論を行うことができました。

アジェンダ

  • 開会 BSR東京オフィス 永井朝子
  • 挨拶 ブルームバーグNEF, APAC代表 ジャスティン・ウー氏
  • 講演 金融庁総合政策局総務課国際室長 池田賢志氏
  • 講演 経済産業省産業技術環境局環境経済室長 亀井明紀氏
  • TCFD提言の概要 三菱商事株式会社サステナビリティ推進部長、TCFD専門家チームメンバー 藤村武宏氏
  • 投資家からの視点 ブラックロック・ジャパン株式会社運用部門インベストメント・スチュワードシップ部ヴァイスプレジデント 藤木彩氏
  • 欧米におけるTCFD提言への取り組み BSRニューヨーク事務所 気候変動ディレクター デイヴィット・ウェイ
  • 企業における取り組み事例 住友化学株式会社レスポンシブルケア部気候変動対応担当部長 河本光明氏
  • レジリエンス戦略のためのシナリオ分析 BSRニューヨーク事務所 フューチャーズ・ラボ ディレクター ジェイコブ・パーク
  • シナリオ分析に関するディスカッション
     パネリスト  三菱商事 藤村武宏氏、BSR ジェイコブ・パーク 
     モデレーター BSR永井朝子

ご講演(金融庁 池田賢志氏)

本来、自社の企業価値全体をマネジメントするには、20-30年先から得られるキャッシュフローのことまで考える必要がある。日本企業の多くは、中期経営計画で対象とする3年先程度は詳細にみているものの、これだけでは企業価値全体の4分の1程度しかマネジメントしていないことになる。TCFDが本質的に問いかけているのは、あなたの企業は長期の事象を見据えているのか、ということだと思う。

企業の経営判断や投資家の投資判断が長期を見据えていなければ、将来のリスクや機会を的確に捉えられないという警告が、Tragedy of the Horizonという言葉に表されている。今後、日本企業が中長期的な企業価値の向上を実現させていくためには、こうした面で企業・投資家の双方が変わらなければならない。

現在では、企業の決算書類を見ても、足許の業績しか分からないと受け止められている。しかし、将来における企業のレジリエンス(強靭性)を評価してもらうためには、将来リスクと機会について企業の本質的な取り組みを開示することが求められている。コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの2つのコードに規律されるインベストメント・チェーンの中で、企業によるそのような開示・情報提供と投資家と企業の間の建設的な対話が進むことを期待している。

金融庁としても、今後、コーポレートガバナンス改革の推進や記述情報(非財務情報)を含む開示情報の充実を促すことで、こうした動きを後押ししていきたい。

ご講演(経済産業省 亀井明紀氏)

近年、金融業界において気候変動に対する動きが活発になっており、この機に、気候変動に貢献する日本の製品・技術の良さを伝え、日本企業が投資家から適切に評価されるような情報発信を行うことが重要と考えている。今般行われた未来投資会議における安倍総理発言では、「温暖化対策はもはや企業にとってコストではなく、競争力の源泉である」とした上で、環境と成長の好循環を進めるため、①グリーン・ファイナンスの活性化 ②ビジネス主導での海外における地球温暖化対策の推進 ③イノベーションに向けた叡智の結集、という3つの柱が提示された。

TCFD提言に対応した情報開示においても、経済産業省では企業がどのような開示を進めればよいか、ベストプラクティスを参照しながら検討を進めるため、本年8月より「グリーンファイナンスと企業の情報開示の在り方に関する「TCFD研究会」」を設置して検討を進めていく。

TCFD提言の概要(三菱商事株式会社 藤村武宏氏)

TCFDの問題意識は気候変動問題に伴う財務影響であり、それを評価するための将来のリスクや機会の適切な開示の促進を目的としている。開示の枠組みは、①ガバナンス ②戦略 ③リスク管理 ④指標と目標 の4つである。このうち②戦略 と④指標と目標 については、マテリアリティ分析を踏まえ必要に応じて開示することとなっているが、①ガバナンス と③リスク管理 については、投資家の関心の高さを踏まえて、企業のマテリアリティ分析に関わりなく開示することが推奨されている。

開示の媒体については、「メインストリームでの開示」、つまり、将来的には有価証券報告書において開示されることを意図している。さらに、将来志向であることが重視されており、そのためにシナリオ分析によって将来の姿に一定の前提を描いた上で、変化に対する企業の強靭性を示すことが求められている。

TCFD提言を踏まえた気候変動リスク・機会の開示が進み、気候変動に関連した金融システムへの影響が適切に評価されるまでには5年程度の期間がかかると見込まれているが、提言の公表からわずか1年足らずで270以上の組織がTCFDへの支持を表明し、機運が高まっていると感じている。TCFDでは現在、さらなる支持を集め、TCFD提言の適用を進めるための活動を進めており、本年9月にはFSBへの報告を予定している。ぜひより多くの日本企業にサポーターとしてご参加いただきたい。

投資家からの視点(ブラックロック・ジャパン株式会社 藤木彩氏)

投資家の立場からみたESG情報の重要課題は、企業価値の中長期的な向上、よりよい投資パフォーマンス実現のために、事業に関連するESG情報を選別する点にある。これは、スチュワードシップ活動の目的が、顧客資産の価値を長期的に最大化することにあるためである。

このような観点から、長期的企業価値に重要なESG課題が、コーポレートガバナンス及び経営戦略にいかに整合し、組み込まれているかを確認することが重要だ。TCFD提言において推奨される気候変動リスクに関する開示及びシナリオ分析も、長期的な事業戦略等との関連性や重要性に応じて、形式的ではなく、実効性のある取組みとして広がることを期待したい。事業の将来像といかに整合しているか、経営指標に統合されているかを見ることで、その企業が経営問題として気候変動への対応力をどのように高めようとしているかが分かるとみている。

欧米におけるTCFD提言への取組(BSRデイビッド・ウェイ)

気候変動の情報開示が進む一方で、気候変動を戦略的に捉えて対応する企業はまだ少ないのが現状である。例えば、CDPの開示状況をみても、6年以上先の移行リスクを考慮している企業は全体の28%、6年先の物理リスクを考慮している企業は34%となっている。昨年のTCFD提言の公表後、欧米でもそれに対応した開示を試みる企業が数社ほどみられる。RBC(カナダ/金融)、Chevron(米国/エネルギー)、BHPBilliton(オーストラリア/鉱業)がその例である。こうした先行事例には現時点で共通性は見いだせず、情報量は企業によって大きく異なる上に、開示の媒体もアニュアルレポート、サステナビリティ・レポート、独立した気候変動情報開示など様々となっている。シナリオ分析はGHG多排出産業が中心となっており、分析対象は移行リスクがほとんどで物理リスクはあまり着目されていないといえる。

欧米におけるTCFD提言への取組(住友化学株式会社 河本光明氏)

歴史的に化学業界は環境問題との関わりが深く、古くは公害問題の原因として批判を受けてきた一方で、技術イノベーションにより地球環境問題に貢献する潜在能力も大きいことから、世界の化学企業によるTCFD支持の動きも早かったといえる。当社でも、気候変動に対して積極的にソリューションを提供する決意であり、日本の中でもいち早くTCFD支持を表明した。

TCFD対応のための取り組みとしては、SBT(Science Based Targets)を設定し、長期的にGHGを削減することがリスク低減の柱である。それと同時に、気候変動へのソリューション事業を社内認定し、その売上を拡大することを目指しており、気候変動を事業機会として捉えている点が当社の特徴である。

レジリエンス戦略のためのシナリオ分析(BSR ジェイコブ・パーク)

ここ数年の自然現象や社会の大きな出来事を振り返ってみても、過去のトレンドからは将来の予測ができないことが実感として分かるだろう。こうした不確実な状況に置かれると、極端に単純化して将来を描く、又は将来について考えることを諦めて待ちの姿勢に留まるといった傾向に陥りがちになるが、シナリオ分析とは、そうした状況を打破するため、ゲーム理論を用いて、考えられないことを考えることを目的に研究されてきた分析手法である。

TCFDは、今企業が描いている「想定内の将来像」を問い直すことを求めている。気候変動に伴う移行リスク、物理的リスクに加え、その副次的影響(例えば、人口移動)など、視野を広げてみる必要がある。そのためには、既知の将来予測データに頼るだけでは十分とは言えない。その上で、事業において鍵となる不確実性とは何かを議論していくことをお勧めしたい。

質疑応答、ディスカッションの内容

当日の質疑応答、及びディスカッションでのパネリストと参加者の間で交わされた意見交換の一部をご紹介します。

Q)TCFD提言を受けて、非財務情報開示の法制化の動きは進むと考えられるか?

A)(金融庁 池田氏)気候変動を含め、一般に事業の内容に関する事項が企業の事業や業績に重要な影響を与える場合には、投資者保護の観点から、有価証券報告書において記載することが法律によって義務づけられている。また、コーポレートガバナンス・コードでは、ESGを含めた非財務情報の適切な開示が求められている。このように日本においても、自社にとってのマテリアリティに応じて、企業がTCFD提言に沿った開示を求められる枠組みは既に整備されているところである。

(三菱商事 藤村氏)TCFDに沿った開示を法的に求めている国は今のところみられないが、重要な非財務情報の開示を義務化する国は多く、フランスのように気候変動情報の開示を法制化する国もみられる。最近の動きとしては、欧州非財務報告指令の任意指針(2017年)において、TCFDを活用することが推奨されており、欧州では現在、ワーキンググループにおいてTCFDと同指令との整合性を高める検討が進められている。


Q)シナリオ分析への取り組み状況は?

A)(三菱商事 藤村氏)当社では、IEA(国際エネルギー機関)のGHG排出量の将来シナリオを活用し、化石燃料関連の事業に限定して自社の資産への影響を分析したところである。ただし、TCFDが求めているのはこうした分析に留まらず、自社特有のシナリオを描いて、事業にどのような影響が生じるかを検討することである。

(BSR ジェイコブ・パーク)現在、世界中でシナリオ分析に関する多くのイニシアティブが始まっているが、実際に事業に照らしたシナリオ分析を行えているのは、石油ガス関連の企業が中心である。


Q) これから企業がシナリオ分析を始めようといった時、最初のステップは何か?

A) (三菱商事 藤村氏)サステナビリティ関連部門だけではシナリオ分析はできないため、関連事業の関係者を集めることが最初のステップではないか。その上で、まずは簡単なデータを用いて自社事業への影響をみることから始めればよいと思う。

(BSRジェイコブ・パーク)最初から完璧なシナリオを描くことを目指す必要はない。正確性よりも、大所高所からみた定性的なシナリオを示し、事業戦略への影響として大事なことは何かを検討してみるのがよい。


Q) TCFDに対応した開示に取り組みたいが、積極的な姿勢を示すにはどういう点に気を付けるべきか?

A)(BSRジェイコブ・パーク)気候変動による影響といった時、多くの企業はリスクに着目するが、常にリスクと機会を同時に捉えることが重要。


Q) シナリオ分析において、より大事なのは、シナリオをつくる作業よりも、新たな環境におけるレジリエンスの高め方を検討することではないかと思うが、いかがか?

A)(三菱商事 藤村氏)シナリオの妥当性を高めることに力を注ぐよりも、ある程度のシナリオを想定して、それによる事業影響を検討することが重要だと思う。

(BSR ジェイコブ・パーク)将来シナリオを科学的に証明することは不可能である。一方でシナリオを考えるには幅広い視野をもつ必要がある。IEAシナリオに沿うことがシナリオ分析だと考える企業は多いが、IEAの分析は将来予測の1つに過ぎない。TCFD提言への対応は、自社の戦略を見直すよい機会だと捉えて、企業内で議論を活性化させるとよい。


Q) シナリオ分析によって企業資産への影響を評価することも大事だが、それ以上にガバナンスにおいてその影響をいかにマネージするかが大事ではないか? TCFD提言の策定の議論の中では、シナリオ分析とガバナンスやリスク・マネジメントについて、どのようなバランスをもって対応すべきと考えられていたのか?

A)(三菱商事 藤村氏)TCFD提言策定の議論では、各企業が将来の変化に対する強靭性をもっているかどうかを評価できる開示の仕組みをつくることが重視されたと理解している。

(東京海上日動 長村氏)投資家が興味を持っているのは、企業が描くシナリオそのものではなく、どのようにシナリオが振れたとしてもそれへの対応力があるかどうかである。よって、複数のシナリオを前提にレジリエンスを示すという方法が望ましい。


*参考となるBSRブログ「企業のレジリエンス向上のために、いかにTCFD提言を実行するか」(7月23日発行)

Let’s talk about how BSR can help you to transform your business and achieve your sustainability goals.

Contact Us